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長文置き場

金カム209話「ケソラプ」感想

ええ話ですわ~~~~~(目頭を押さえて天井を向く)
リュウが飾りをつけた犬橇先頭犬の姿に憧れ、ライバル意識を燃やして樺太で頑張ってきた一連の微笑ましい描写が、初めは二瓶の銃を追いかけてパーティーに加わっただけの彼自身に初めて生まれた“自己実現の夢”として昇華されたことに目から鱗が落ちるような気持ち。ギャグじゃなかったんだ…リュウにはリュウの、一匹のストーリーがあったんだ…自分の役目を見つけたんだね…。

「自分の居場所を見つけたわけだ」という台詞を、一時力を借りるため相棒関係を組んで偵察に行き「クソ犬…」というやりとりをした白石が言うところがまた良いですね。
そして釧路での合流直後は感動した所を噛まれて「このクソ犬ッ」と殴り返し、しかし樺太での再合流では「コイツには何度も助けられてる」と庇い、遭難しかけた時は「やっぱ猟犬のリュウに橇引かせるなんざ向いてなかったんだよッ」と真っ先に見限り、しかしリュウが正しかったと分かった後は誰がなんと言おうと「俺はこいつを信じるぜ」と強固な信頼を新たにした杉元が、「リュウのやつ頭の飾りサマになってるじゃねえか」と超嬉しそうな顔で感慨深げに言うコマがとてもツボる。今にも人差し指で鼻の下を擦りそうな表情だ。まったくコイツはほんとに…劇場版ジャイアンだな(ニュアンスで定義)

杉元とアシリパの問答が話としてあそこで一旦断ち切れたのは、まあそうかなという感じ。不思議ではない。何故かというとアシリパは元々、自分だけで出した問いと答えはハッキリ口にするが、他者と考えがぶつかって同じ強さで拮抗する状況になると何も言えなくなってしまう子だったから。
インカラマッへの信用できないという主張が、嘘とは思えない涙によって揺らいだ時。お前が父親と会うことが皆の望みだと土方に諭された時。キロランケの提示する旅の行き先と目的に時折質問は投げかけても、一度も異を唱えなかった道中。尾形への信用できないという主張が、嘘とは思えない笑顔によって揺らいだ時。そんな風に今回も、何も言えずに黙り込んでしまったんだろうなあと思われる。
賢いので「今の自分では答えが言葉にできない」ということを察して沈黙することは出来るが、それが今のアシリパの限界であり、ぶつかった意見同士を折衷した新しい結論や問いを出すという段階に至るには、その尺度が形成されるだけの経験値が絶対的に足りない。それが彼女がまだ子供であるという所以。
樺太の旅は彼女に新しい世界を見せたが、それでも杉元にはまた別の世界があり、妥協点を探れるほどまだ諦めを学ぶには早く…。

一方エノノカも大好きなチカパシとのさよならがうまく出来ず、木やヘンケの影に隠れて涙が止まらない。この時代、この距離で、一度離れ離れになってしまえば、きっと二度と会えない可能性の方が高いでしょうしね。エノノカはしっかりした、世の中をある程度知っている子だろうから…。
けれど別れの悲しみにスンスンと鼻を鳴らしながら、お金だけは淀みない手つきでちゃんと数えるエノノカちゃん。ホントにしっかりした子だなぁ~~~~
別れを決断するチカパシと谷垣。決断といっても、頭でそれを選択することは出来なくて、身を乗り出してしまって橇から落ちたこと、戻る足が止まってしまったことが言葉よりも雄弁な理由になる。
この谷垣の涙も、ギャグにしか思えなかった紅子先輩との別れで号泣するゲンジロちゃんの前フリがあったからこそ“谷垣はここで涙を零すような男である”という描写に説得力が生まれるんですよね。スゲェ。ギャグでも気が抜けねえ。
きっとここの別れ方、そこに際して大きな鳥の話がモチーフになる事は、結構早い段階から決まっていたものなんだろうと思った。自然に零れる涙は美しい…。
身を立てる術として、二瓶から譲り受けた村田銃を迷わずチカパシに譲り渡す谷垣。
思えばチカパシが谷垣に接触してきたきっかけも、この銃での狩りに興味を持って覗きに来たからでした。
「でも…身体が大きくなるまでまだ使うなよ。俺はそばで支えてやれない、その銃を使うときはひとりで立つんだ」
ううっ…谷垣ニシパ…(セクシーマタギ表紙カバーをぎゅっと胸に抱きしめる)
包容力が…包容力がすごいよお…パツンパツンだよお…。

谷垣は感情で動きすぎて色々なものの取り返しをつかなくしてしまう所があって、それは本当どうかと思うけど、そのぶん人情家で、こうしてチカパシの面倒をみて教え導いてきた行いというのは間違いなくかけがえのない善行です。だから罪があったとして、そしてそれが実際許されるものであるかどうかは別にして、許されて欲しいという気持ちがある。
同じように月島も、問える立場や状況ではないと割り切った後の相対する個々の事象への問題意識の死滅ぶりはどうかと思うけど、黙って仕舞っておくことでここぞという時に発揮できるよう保持された彼自身の裁量で灯台守の家族を救ったこと、スヴェトラーナと岩息に道を示した態度は動かし難く尊いもの。
悪いことをしたけれど、良いことをしたから、皆許されてほしい。
そこを行くと尾形は、新平の命を救ったりヤマシギを皆にとってあげたり鹿を仕留めて凍死を防いだり温泉地で単独狙撃したりたくさん役に立ったけど、彼のするそれらの“良いこと”は全てその銃でもって、何かの命を奪って誰かの命を守ることでしかなかったんですよね。だからどれほど皆の助けになり、役立っても、善行と言い切ることが出来ない。
でも尾形には誰かにあげられるものなんて無いし…。谷垣が二瓶から譲られたものをチカパシに譲ったように、与えようと思ったらまず得なければならないし…。(ゲーテの名言の逆)
おいしいフリやハシャいだフリで子供を喜ばすような…笑顔で安心させてやるような器用さ、ないし…。がんばってみたけど…。チタタプとか、ヒンナとか、言ってみたけどやっぱうまくできなくて…(虚空を見上げる)
でも実際戦地で戦う人たちは、皆殺すために殺しているのではなくて、何かを守るために殺しているんじゃないですか。兵士ってそういうものじゃないですか?
役立ち方が違うだけなんだ。合わない物差しを持ち込むことは不幸しか生まない…。
こう考え出すと、いつも辿り着く結論は「鶴見のところに居たら幸せになれただろうに」ということ。
戦争の恒常化、鶴見のその目的が本気だとしたら、尾形はそこでひとつの安寧を獲得しただろう。変わる必要などなくそのままでよかった。
何故かというと今鶴見のそばに居る生きてる人間たちは、結局誰も鶴見の計画で幸せになることは出来ない人たちだと思うから。破壊を介さず誰かの役に立てる居場所、帰るところを持ったことのある人たちだから(一度持ったことがあれば、そのものは失っても持つ能力は得ている)
鯉登は父に愛されているし、二階堂には愛する故郷があり、月島には愛した女性がいた。
宇佐美はまあ、例外という感じですけど…でも今の距離感のままずーっと満足して服従し続けられるものだろうか。執着の先が目的ではなく実行者の鶴見でしかないのなら、いつかはコンフリクトを起こしそうな気がする。見てるだけで終わっていいのか、なんてね…
要するに「もっといい居場所がある」人々の中で、それが無かった尾形はそこにずっと要られる唯一の人間、翻って誰よりも役立てる居場所だったという事が言えるのではないだろうか。
でも尾形はそこから離れる事を選択したんだよな。能力はあったが心が拒んだのだろうか。
ところでこれは与太話ですが、月島の“尽忠”が感情や理由ではなく“手段”や“行動”でしかない、今だけのものである…という可能性が最近頭をよぎる。
15巻加筆、仮面を被った鶴見を見つめる表情のない顔…。彼がずっと“時機”を待っている人間である、ということもあり得なくはないのではと…(ある種の陰謀論

それにしても、これまでカワイイもの×カワイイものという単純な理屈で「尾形とリュウの絡みが見た~い♡」とか言ってたけど、チカパシとリュウが自分の居場所を見つけて立派にやっていくための晴れがましい門出を迎えた今、尾形には一刻も早く樺太から出てほしいという気持ちでいっぱい。
いや無いとは思うんだけど!!あのひと銃無いしさ!!あの村田銃は尾形の胸に一発ブチ込んだ因縁の銃だしさ!!鳥というとどうしても尾形における不穏な文脈が想起されてならないしさあ!!
まだ同じ土地にいる以上接触の可能性はゼロではないじゃん…こわいよお…もうチカパシとリュウに関してはここで“上がり”として安心したいよお…ソフィアと合流とか何でもいいから早くどっか行ってえ…(ひどい)
いやまあ綺麗にゴールした彼らに今後絡んでくることは無いだろうとは思ってますけどお。尾形のこと、既に起こした行動や言動に関してはこういうことかなあってある程度推測できるんですけど、こと今後起こす行動となると未だにまったく予測が出来ないんですよね。普通ある程度人格が掴めてきたら大体の行動パターンも読めてくると思うんですけど…尾形って理屈で感情や感覚を殺せすぎてたまに妖怪みたいな存在になるじゃないですか…杉元撃った時とか手術後立てこもった時とか…
ヴァシリとか杉元とか俺俺俺俺なキャラの予測は結構当てられるのにな。どうしてだろう(同類なんじゃない?)