8番倉庫

長文置き場

金カム192話「契約更新」感想

第七師団で北海道を手に入れ軍事国家樹立!…と大きく言っていたものの、やはり金塊を用いたクーデター計画の詳細については今のところ鶴見の聯隊、それも終戦後に手元に居た者にしか共有されていない模様。
いかにも切れ者そうな菊田特務曹長日露戦争後にすぐ療養に入ったので、まだ金塊についての詳しい話は、少なくとも鶴見中尉からは聞かされていないっぽい。
しかし様子を見に来た宇佐美に"不思議な模様の服を着た変な人間"を話の種にしてしつこく探りを入れる様子からも、どうも何か掴んでいるような…。そんな素振りがあったからこそ、宇佐美は二階堂の療養も兼ねて偵察に来たのだろうか?
「あんたら戦争終わってからずっとここでのんびりしてたから、ボケたんだ」
日露戦争からは五体満足で帰ってきたのに、戦後この金塊争奪戦で失った右腕で、二人を指し示し言い放つ二階堂。重い言葉だ…でも他の部下からしても、あの地獄の網走監獄戦に参加した者としない者とでは大きく仲間意識に差が出そうではありますね。
それにしてもさすが鶴見の命令も聞かずナメた真似した杉元を殺しに行った二階堂兄弟の片割れ、上官だろうとおかまいなしに口が悪い。いやたとえ最低限敬語で接してても会話の途中で突然あお向けになって股間に温泉ぶち当て出す男よりはだいぶマシですけど…。
対する菊田特務曹長殿は会話しながら按摩されてたりしてそこはかとなくセクシー。裏のありそうな相手と会話しながら、あえてこういう無防備なリラックスした様子を見せるっていうのは、余裕のあらわれ、あるいはアピールのようでやはり一筋縄では行かなそう。
そんな特務曹長をマッサージしているのは…ト、トニさァん! 件の下駄怪人じゃないですか。さすが肝が据わっている。“見かけたら”教えますよという按摩ジョークに言うねぇとウケてる宇佐美、役者よのおとヒュウする我々。男だらけの密室の緊迫感…!
しかしトニさんの刺青は土方勢は勿論、鶴見勢も杉元経由で既に写しを入手しているので用済みの筈。ということは純粋に傷のためキラウシ紹介の秘湯で湯治しているところを目撃され、今こうしてちょっと危険なフィールドに足を踏み入れてしまったのか? トニさんかわいそす。

そしてここに来て超重要そうな新キャラがまたまた登場! 巨根率高くない?
何が重要かって、第七師団かつアイヌかつ同じ聯隊っぽい様子であるということはですよ、尾形が8巻で口にした「アイヌの葬式では死んだ人間が(中略)この世での役目を終わらせるそうじゃないか」という知識、この有古一等卒から聞いた話だった可能性も出てきたなって。
ただの“事実”の共有ならともかく、傷をつけるのはアイヌの風習で~とか、そういう分析した考えまでも一から十まで鶴見は尾形にゃんに共有していたのかな?ってちょっと疑問だったんですよ。五年前の事件の考察とか、ただ皮集めるぶんにはそんなに必要のない情報だし、きっと聯隊の他の連中だってアイヌとのっぺら坊の関係なんかほぼ知らない人間ばかりなのでは?
膝ナデナデとか遊郭のアレとか特別扱いだった感じが透けて見えるだけに、信用し切って特別に何でも教えた結果「頭をブチ抜いてよし」の厄介な敵になっちゃったんだとしたら割とダセェな…と思ってたんですが、あくまで与えられたのはデータだけで、土方に近付く契機としたアイヌとの関連に辿り着いたのは別ルート…つまりこの有古さんから得た知識があったからこそ、尾形は鶴見にも読めない独自路線を行けたのではないか…と。
何にせよ谷垣がキロランケと尾形が組んだ理由への疑問を口にしたこのタイミングで出てきた以上、尾形かキロランケのどっちか、あるいは両方と関わりのあるキャラである可能性は濃厚なんじゃないだろうか?
まあでも、そういうの関係なしになんと言ってもいい人そうなところが気に入りました。マジメそ~。
死んだ今になって登場したキロランケゆかりの人物である可能性はサディスティックな作者さんなので大いにあり得ますが、私はとりあえず『尾形の友達』説を推すね(そんなの存在するの?)

悪兆

子供たちだけの集まりで、素朴に周囲を見渡し、「わたしたちはちょっと違ってちょっと似ている。北海道にいたら知らなかった」と述懐するアシリパの姿は、一週ごしにキロランケの想いが報われていると示されたようで少しせつない。悲しいせつなさではない。
世界は広く、離れた地にも別の生活があり、みんな生きている。まだ分からない事はいっぱいあって、疑いもあるけれど、確かに和人でもロシア人でもない人々が北海道でもロシアでもない土地で暮らしている。
キロランケの思った通りの方向ではないかもしれないけど、それでもやっぱりこの樺太の旅はアシリパを成長させたんだ。
一方の杉元はこの旅によって、より性質の悪さが増したというか、エスカレートしてますが。
同じく重病者の月島と共に、ニヴフの冬の家で横たえられ未だ意識の戻らぬ尾形。また寝込んでる…。
作中三度目? び、病弱キャラ…?(全部外部的な要因だが)
(また)熱が出ているのか、汗をかいて苦しそうです。血も滲んでる…誰かサマを呼んでくれ。
「どうして尾形はキロランケと組んでいたのか。この男が少数民族の独立に共感するとはおもえないが」マタギ野郎に尾形のなにが分かんだよォ!!?(発言内容に特に問題は無いがとりあえずいちゃもんをつける
「本当に純粋に金塊が欲しいだけなんだろうか」泥棒猫は撃ち殺せとか言ってた割に存外冷静なコイト少尉。おのれ度でキロランケ>>>尾形になってキロランケが死んだから、一旦落ち着いてしまったんだろうか。まあ性格悪いとか山猫とかただの悪口が出てくる時点で、尾形に関しては別におのれ、とは思ってないってことですもんね(おのれを便利な言葉にしないで)
そこに、ここまで当の尾形をエンヤコラとおぶって運んできた杉元の冷酷なコメント。
「そうであって欲しいね」「気兼ねなく殺せる」
ヒュ~!!!!(これだよこれェ!という顔)
マジでアシリパを加害者にしないためだけに救命し、改めて自分で殺し直す気満々の杉元さん。話が早くてむしろ安心しました。一回助けちゃったとこをどうやって「やっぱ俺が殺すね」とアシリパに納得させるつもりなのかとかは置いといて、とりあえずそのまま生かしておく気は毛頭ない様子。色々都合の悪いこと知り過ぎてるもんな。
しかし“純粋に金塊が欲しいだけ”ならば杉元と同じ立場のはず。今までは死刑囚になるような極悪人どもが相手なのだから、自分が金塊目当てに殺して皮を剥いだところで奴らは痛みなんか大して感じないだろうし平気だ…という“道理”で皮を狙いまくってきたのに、同じ金塊目当ての尾形にゃんを「気兼ねなく」殺せるとはいったい? …それは、この旅を通して杉元の“道理”もより崇高で意義のあるものにアップグレードしたからなのです!(※成長ではないです)

都会でビッグになったら両親も呼び寄せると宣言し旅立っていくスヴェトラーナを見送りながら、「アシリパさんもお婆ちゃんに元気な姿を見せなきゃな」と爽やかに告げる杉元。
「鶴見中尉は許さないんじゃないのか? 私がコタンに戻るのは」ほんとだよな。むしろ帰るの難しくさせてるくせに何のん気なこと言ってんだコイツ。(辛辣)
「たしかに…刺青人皮の暗号を解くまでは離さないだろうな。でも奴らにとってアシリパさんが必要なのはそこだけだ。土方歳三たちよりはマシさ」
言い切るゥ~! そうだね、アシリパの持ってる鍵にだけ用があるんであってアシリパ自身に用はないならその方が“杉元にとっては”マシだろう。
「どうして? アチャは土方歳三と協力させるために私に金塊を託したのでは?」実際に娘の自分に金塊が託されていたと分かった今、父の真意を知りなるべくその思いを汲みたいとアシリパは願っている。
「あのときアチャから何か聞いたか?」
杉元の脳裏に蘇るのっぺら坊の言葉。
「いや何も…」
言い切るゥ~!!!
この冷たい顔よ。「あんな言葉は伝えなくていい」と言わんばかりの…つまりこの嘘っていうのは、実の父親の“あの”考えよりも俺の“この”考えの方がアシリパにとって“正しい”という絶対的な自信の裏返し。傲慢~!
それでこそハイパーエゴイスティックバーサーカー杉元だ。杉元という男は『自分は誰かにとって価値のある存在である』という自己肯定感が著しく賭けているが故にそれを満たしたいという欲が恐ろしく強く、そして強すぎるが故なのか、“誰かにとっての価値”というものを“自分の考え”でしか判断しない悪癖がある。
こんな家は無くなった方がいいと燃やした所から始まり、連れてってと頼む梅子に「俺はもううつってるかもしれない、梅ちゃんを殺したくない(=連れて行かない方が梅子のためだ)」と自己判断して一人で村を出た。「一年…いや二年経って、もし発症しなければこの村に戻ってこよう。必ず迎えに…」という想いを伝えなかった結果、発症しなかったが梅ちゃんは他所の嫁になり、それでいいと黙って身を引いて、戻ってきたことも自分では告げずに去った。親友がそのことを我慢し切れず聞いた結果、梅子はもう完全に杉元を吹っ切っていた…。当たり前なんだよな。自己完結してばっかで梅子になーんにも言わないんだもん。
梅子はたぶんフラれたと思ってるよ。置いていかれた時点で、佐一ちゃんは私のことを女としてそこまで好いてはくれなかったんだなあって、二年間周りから急かされながら少しずつ諦めて、そしてその認識からずっと未更新だよ。杉元が寅次から遺言で託されたことも、杉元がずっと好きで今も惚れてることも、杉元が梅子の眼のためにカネつくろうとして今金塊追ってることも、ぜーんぶ梅子は知らないんだよ。
それが本当に梅子のためと言えんのかい? そんな人の皮剥いでまで手に入れたカネを梅子が喜ぶと本当に思ってんのかい? 梅子がどうしたいか、どうなりたいか考えたことはあんのかい?
でもそんなのは杉元には関係ないのよ。杉元が必要としてんのはただただ結果であり答えなの。そういう問いとか考えとかは求めてないし、要らないのよ…ただひたすら、役に立てたっていう実感が欲しいの…。
ダメだわ杉元について考えてると何故か女言葉になっちゃうわ。でもそういう杉元の手に負えない独り善がりさが、どうしようもないからこそ一周回ってなんか好きなの。
ダンさんを三秒後にはぶっ殺しそうな譲歩のなさで威圧して、その後もやっぱ力で解決しようぜアシリパさんって感じのヤベー顔しといて、事態が収束したら「ダンさんあんた悪いひとじゃ無さそうだから忠告するが、知らない方がいい。入れ墨に関われば命を失うぞ」とか言うどの口が~!?って感じとか、鈴川の頭掴みながら「嘘なら舌を引っこ抜いてやるさ。閻魔様がやるか俺がやるかのちがいだろ?」って言う何様~!?って感じとか、出した案を却下する門倉さんにキレて「『出来ねえ』じゃねえよやるんだよ」って凄み出した高圧的~!?って感じとか、とにかく杉元は丁重に扱うと決めた側の相手へのやさしさにしろ、道具として扱うと決めた側の相手への理不尽な態度にしろ、どっちにしてもメチャクチャ一方的で自己中なの。
悪気が無いのは分かるけどそんなんじゃいつか刺されるよお前?と思う性格だけど、二階堂兄弟にぶっ殺されかけたように実際刺されるどころか色々大変な目に遭ってんの、普通死ぬような経験しまくってんの、でも不死身だから死なないの! ただただ強いがゆえに誰も殺せないの! それでここまで来ちゃったの!
非常に単純な真理なのよ…。力こそパワーなの…。そういう杉元の存在っていうのは総じて男性性の極地という感じがして、ムカつく…!と思いつつカッコイイ…!とも思ってしまって思わず女言葉にもなってしまうのよ。
だから私の杉元への好感っていうのは完全に悪役へのそれなのよね。力こそが正義と思えば、杉元の自己完結的な正義感も、杉元自身が自己肯定によってただただ生存するための精神機構としてむしろ機能美の一環のようにも思えてくる。強い者にはかなわない。それがこの世の真理なのよ…。

それにしても上手な嘘っていうのはこういうものだよな。大事なのは嘘をつくというその行為の正当性を疑わない傲慢さだよ。嘘によって犠牲になった真実など、知ったところで嘘をつく相手のためにもならないとマジで100%思い切る根拠のない自信が必要なんだ。
他に材料が無いからあんこう鍋ばっかりなのかな?って鳥差し出して、会いに来てくれない父上にどうしても会いたいのかな?って殺鼠剤入れて、動けない捕虜なら殺せるかな?って獲物用意して、こういう答えなら納得するのかな?って相手の腑に落ちそうな質問の答えを一生懸命考える、そんな風に相手のことばっかり考えて何とかしようとしてる限りは上手い嘘なんか一生つけないという事なんだ。わかったか尾形。杉元の嘘のつき方をよく見て勉強しろ(見れません)

アシリパさんは「杉元“は”どうするんだ?」「じゃあまだ道は同じだな私たち…」と、あくまで行く方向が同じなだけで目指すものは違うのだと、己の行く先について自立して考え始めている様子。
鍵を思い出したと、まだ杉元にも告げるつもりは無いのかな。でも何にせよ金塊を皆が欲しがっている以上はとりあえず見つけざるを得ないだろうし、それに実際見つけさせようと自分に鍵が託されていたのだから、見つける事そのものがアチャの真相への手がかりにもなるだろう…という感じでしょうか。
そして契約更新された相棒の関係。その裏でやはり杉元は誰にも言わず、アシリパを金塊争奪戦から解放するのだと、一人心の内で決意しているのだった。

こうなってくると邪魔なのはやはり尾形の存在だろうな。というより尾形は色々知り過ぎて、今となっては爆弾のような男になってしまった。
師団長の自刃の真相は鶴見陣営そのものに崩壊を齎しかねないし、撃つ前に杉元がウイルクから何か聞いていたのを見ていること、更には土方のアシリパを使った計画に勘付いている様子なのも、杉元にとっては非常によくない。アシリパにとっても、自分が鍵を既に思い出したということを現在知っているのは尾形だけ。何を開示しても何処かには亀裂が入るだろう。
自分だけ知っている情報を持っているがゆえに危険というのはなんかアシリパと被るポジションのような気もしますが、まあアシリパと違って尾形の場合は知られたくない情報ばかりで、知りたがられる情報はたかが知れてそうだから口封じ待ったなしという感じ…ふええ…^^
思えば己にとっての偶像となったアシリパの清さを守ることが最早“道理”となった杉元にとって、尾形がやった「俺を殺してみろ」イベントというのは考え得る限り最悪のシナリオだったんだな。そりゃーあんな鬼のような顔にもなるし、迷わずじゅう~~~もするか…。
祀り上げられた偶像。そこに、変化を求める尾形。不変を求める杉元。
しいて言えば、尾形の心の方が“生きている”気がするんですが…どうなのかな。17巻の表紙の印象に引き摺られているのかもしれない。

大人の役割

「スヴェトラーナ。俺は島を出たいアンタの気持ちもわかるし、無事を知りたいご両親の気持ちもわかる…」
今回月島軍曹が解決したスヴェトラーナの問題の帰結があまりにも美しくて、思わず泣きそうになってしまった。
居場所のない島で鬱屈した日々を過ごしていた過去。無事を願い続けた戦地、必死になって探した海…。
「岩息について行って大陸へ渡れ。だが手紙を必ず書け…俺が帰りに届ける」
名奉行か?という綺麗な解決法。ロシア語がまだ堪能でないガンソクさんはスヴェトラーナと行動すれば、ゆっくりロシア語を覚えていけるだろうしその間の対外的な遣り取りにも困らない。スヴェトラーナにしてもガンソクさんは最強だし、暴力だけが生きがいの紳士なので、女が旅する上でこれ以上心強いボディガードはいない。まさかこんなコンビが誕生し冒険活劇が始まろうとは予想だにしませんでしたが。
「生きていることさえわかれば、真っ暗な底からは抜け出せる」
これがさあ…。父親のせいで死んだと思って尊属殺で死刑囚になって、でも鶴見が「えご草ちゃんは生きてたぞ」って教えて。どこかで幸せに生きてくれているならそれでいいって、とりあえず真っ黒な底からは抜け出せた…その経験から言ってる言葉なんですよね、おそらくは。
でもそこには嘘があったんですよ。それからの九年間っていうのは騙されて、偽物の希望を持たせられ続けていた九年間だったんです。鶴見の言うことがどこまで本当でどこから嘘で、どういうつもりだったかは分からないけど、でも月島は作り物の夢を見させられていた、それは確かだった。
それが分かった後にあんなことがあって…完全に、もう一度夢を見る事も、穴の底に戻ることも諦めて、今こうしてここに月島は居るけれど。
しかし、それでも人生を棒に振ったそれらのすべてが、虚しい尽忠の日々が、こうしてささやかな家族の断絶を救った事で、思いがけず報われたような…役に立ったことで、無駄じゃなかったと少しは思えるような…そういう尊さというか、貴さを感じて思わず月島ぁん!!ってコイト少尉みたいな反応しそうになった。
大人…。大人ってこういうことですよね。自分の経験が、より若い者の糧になる…。自己犠牲とかそういうんじゃないんだ。そんなことをしなくても与えられるものはある。必死に生きていればいつかは自然に…。
それはスヴェトラーナに前向きに生きる道を示した、ソフィアにも言えることなのでしょう。強くなるまで生き抜いてきた結果、監獄の中で出逢った一人の若い女に、勇気を与えた。
いやあ…大人の生き様見してもらいましたわ…。それに比べれば杉元と尾形なんてまだまだ若造だな。二人とももっと大人になれよ。それまで生きて居られたらだけどな…(大人気ない発言)