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長文置き場

金カム200話「月寒あんぱんのひと」感想

待って…待ってください…「エエエ尾形そんなに病状悪いの!?エエエロシア語喋れんの!?エエエここで過去編なの!!?」という混乱の連続からの時間軸移動に呆然とし、とりあえず落ち着いてフラットな気持ちで数週フーンおもしろ~いと読んでた過去編が一気に線で繋がって今、落ち着いてたテンションの揺り戻しがひどい。情緒が不安定になる。

月寒あんぱんのひと

あの、白い帽子の男が尾形で黒い帽子の男が月島だったと分かった上で監禁中の様子を読み返すと尾形にゃんメチャクチャ可愛くないですか?
20代前半の、今よりもっと若造の頃ですよね。まず棚からあんぱん見っけて、独断で鯉登に食べさせてあげた行動が超かわいい。「お腹すいてそう」「あんぱんあった」「食べろ」っていう思考の変遷があったわけでしょ? なんだろうこの素朴なやさしさは? 森の民か何かか?
そして完全な善意だったけど冷静な月島先輩に「かなり古いやつだぞ食べるなこんなもん(意訳)」ってダメ出しされんの。ドジっ子か?
「そうした方がいいかな」って思ったら一人で行動起こしちゃうところがこうして見ると実に尾形。なんでだよ食うんだろ?の精神。キミちっちゃい頃から全然変わってないね?
そして「兄さあのような息子になれず申し訳あいもはん」と電話口で父親に頭を下げる鯉登の姿に、思わず背に手を置いてしまった、労わるような仕草をしてしまった、この時の尾形に沸いた感情を思うと…!
出来損ないの方の息子、という引け目と自己否定の気持ちが“わかって”しまったんだろうな。そしてそれを思わず行動に出してしまうほど、この頃の尾形にゃんはまだまだピュアな時代だったんですね…!?
尾形の出自を知っているであろう月島が、尾形のその仕草を見て思わず顔を上げたコマも何とも言えません。どう思ったのかな…。
しかし背後の誘拐犯の中にそんな気持ちが沸いていたとは露知らぬ鯉登。思いっきり頭突きされて鼻血出す尾形カッワイイ~~~!!!!!不憫~~~~!!!!
いってえと思いながら暴れる鯉登を抑え込んでる坊主尾形が覆面の下でさぞかし渋面になってるだろうと思うともう…もう…猫ちゃん…!
争う声聞いて電話の向こうの鶴見は「あっ…(尾形かな?)」みたいにちょっと思ったんだろうか。

「戦うて死んだとわかれば父上も少しはオイを見直すじゃろう」
涙を流す鯉登に、無言の尾形と月島というこの状況よ。「父上が自分を見直す」とか最も縁遠い二人じゃん…それでいて父に見放されているというという点では共有できるものがある二人じゃん…。こんな…こんな邂逅があったのかよ…。
でも現実には伝説のロックスターのようないでたちで息子のもとへ堂々到着した鯉登父。結局口でどれほど理想を言っても、最後には愛情という親のエゴをとってしまうというこの構図、船上で杉元と交わした言葉にも関わってくるものなのか。
「我が子供かわいさに危険から遠ざけるのは、戦死した子供の親たちに申し訳が立たん」
「のっぺら坊もそげな父親だったとオイは考えちょる。アイヌに『戦って死ね』とうながすったれば、まず子供を先頭に立たすっとが筋じゃっど…」
つまり結局国のために死ねと言いながら猛スピードで救出に向かった鯉登父自身のように、あるいは勇作を他の兵と明確に差別化した存在へと奉ろうとしていた花沢父のように、やはりウイルクもまた、アイヌの未来を背負わせると言いつつアシリパをそういう風には育てられなかったんじゃないか…?
そしてそのすべてを目の当たりにする、一人の見捨てられた子供。
もしかしたらどこも父親というのは縁遠いものなのだろうかと思いかけた所に、しかし彼の父は迎えに来たのだと知って、静かに舌打ちし…せめてもの置き土産のように銃を突きつけながら、ひとこと「ボンボンが」とロシア語で呟く尾形。
この数ミリだけ垣間見える目がひどく寂しそうに見えてきてッ…ううっ…お、尾形…!
「父上が迎えに来る」という世界があり得ることを、迎えに来てもらえる息子の存在がこの世にはあることを、目の当たりにさせられた尾形…! この時の心情、察するに余りある。あまりにも悲しい…。
こんなに前からすでに軍に居たということは、招集されたんじゃなくて志願兵なんでしょうか? 自分から軍に? おと、おとうさんの、おとうさんの近くへ行くために…?
もうそうするしか…尾形という存在の寄る辺が、もうそこしか残されていなかったのだろうか? 会えるわけじゃなくても、ただ自分で出来る限りの近くに行くことに、それだけでも何か、意味を見出したりして…?
わからない…。でも尾形がずっと父を見ていたことは確かで…。

尾形が鯉登に向けるこの「ボンボンが」という、蔑むような、あるいは拗ねたような嘲り…その裏にあるのは諦念と僅かな不快さであって、嫉妬という類のものではないんだろうなという印象を受ける。
勇作が自覚なく無神経に接してきても醒めるだけで怒った様子は無かったように、本当の“持たざる者”の中には嫉妬みたいな熱のあるドロドロした柔い感情は中々生まれ得ないんじゃないだろうか。飲み込み続ける暗く、重く、沈んだ、冷たい現実の塊に、熱を持った感情は圧し潰され、やがて死んでいく。
「あの屈託のない笑顔…。ああ、これが両親から祝福されて生まれた子供なのだ…と心底納得しました」
あの勇作を評した言葉は、他にも鯉登という似たような存在があったからこその納得だったのかなとちょっと思った。祝福された子供に特有の、自分との遠さ。こういうことなんだなあって少しずつ学んでいったのかなって。そして、諦めていく。
でも物分かりが良くて、見切っているからこそ自分を皮肉ることが出来る尾形は、自分はどうせこうだ、って開き直ってる時いつも笑ってるんだけど、勇作と話したあの夜明けの会話の間だけは全然笑わなかったんですよね。諦めを交えずに人と接したのは、後にも先にもあの時だけだったんだろうな…。

まあそれはそれとして、飛行船で鯉登に相対した尾形の、あのナメくさった気安い微笑みを浮かべてからかっていた態度の裏にあった心理もこの過去編でとてもよく分かりました。尾形にとって鯉登は未熟な少尉というだけに留まらず、「あのときのボンボン」として過去、一方的に面識を持って見知っていた存在だったんですね。その上で「あーあ。幸せな男だな」という感じの当時抱いたガッカリ印象もあって…そりゃあ「早口の薩摩弁になりモスから」くらい言うわ。「おう元気かボンボン」みたいなノリですよね。勝手にある種の親近感みたいな。
今回尾形の発言は鯉登に気付かせようとして言ったというよりは、単純に「こんなこと前にもあったな」って思い出してフンと笑って自己完結してるだけだと思ってるんですけど、鯉登は過去との符合に気付いたのかな?
タイトルの「月寒あんぱんのひと」は、鯉登にとって運命の再会をしてしまった鶴見中尉どんの事でもあるし、拘束中にそれを食わせてくれた覆面の男…すなわち尾形のことでもある。
「あ、ボンボンだ」とばかりに階段の上で振り返った尾形を見上げて、既視感を感じていた様子の鯉登。同じ構図でその覆面のように片目が覆われた顔を見上げた今、もし過去の真実に気付いたとして、それが鯉登に何を齎すのか…。

しかし月島が奉天前からこういうイリーガルな事にも協力してたのは意外だったな。奉天での「あの子で俺を騙して欲しくなかった…!」という嘆きも、鯉登を騙す側に加担していたことが判明した今ちょっと違った視点で見ることが出来て奥深いですね。月島のその激昂を見ながら、尾形が一人だけ笑っていたことの意味も。一緒にいたもんなあ…。テメエらだってお互いに信頼があるとでも言うのかよ…かよ…(リフレイン)
改めてけっこう軍曹って怖い人だなと思いました。なんというか、ドライな怖さ。まあ元々、ブチ切れたら真顔のまま拳一本で肉親を撲殺するやべえ人なんですけど…。やるとなったら腹が据わりまくっている。
そして菊田さんが、かつてはこんな裏の方の仕事まで担うほどの腹心だったという事実ですよ。じゃあ何故今は登別に隔離なのか?っていうね。きっとなんかやらかしたんだろうな。
尾形とかなり昔から接点があることも確定してしまった。もう「シー」って仕草とかも菊田の影響なのではという気がしてきてならない。尾形って周りから“人間”を学んでどうにか生きてきてる感じあるから…。
だから悪い影響受ける前に、そんな明らかにろくでもない男のそばに寄っちゃいけません!と坊主時代の尾形を止めたい気持ちがすごい。こんなん絶対信用しちゃダメな奴だよ。でもめっちゃ尾形の扱い上手そう~~~ああ~~~

エンゲージ

めちゃくちゃ元気にまんまと脱走に成功する尾形が元気すぎて最高。
明日までもたないというのは、「このままだと殺されるから外の連中にはこう言ってくれ」とか何とかロシア語で説明して嘘ついてもらったりしたのかな? 銃向けてきた杉元の心象最悪だろうから信憑性はあるし。あのお医者さま良い人そうだし。
しかしむしろその嘘こそが場を一気に動かし混乱させる起爆剤であり、恩を仇で返した尾形にゃんはその辺から調達したっぽい馬で鮮やかに遁走。ゆ、有能…!
まさかこの状況で、この面子から、ほぼ全裸で逃げおおせるなんて。銃だけの男じゃねえんだ…!
「馬を狙う!!(当てないとは言ってない)(当たっても当たんなくてもどっちでもいい)」みたいな杉元の発砲、その銃弾をナメくさったショーシャンクの空的スタイルで待ち構えて「ははっ(当たっても当たんなくてもどっちでもいい)(なんだ逃がしてくれんのか)」みたいな笑顔を残し颯爽と去っていく尾形。
なんかもう尾形にゃん人生ヤケクソみたいな感じで、片目無くしてもぜんぜん元気だな。そして見送る杉元につく衝撃のアオリ。殺意と決意の約束(エンゲージ)。
「元気になって戻ってこい。ぶっ殺してやるから」
完全に目覚めてる…! こんなギラついた目の主人公中々居ないですよ。

顔も忘れずに胸の内に仕舞い続けた沢山の殺した人間たちの記憶で、杉元の精神はとっくにぶっ壊れているのだと思います。
世の中の他者を“殺していい人間”と“殺されるべきではない人間”に分け、「自分は地獄行きの罪人だが悪人ではない」という自己暗示をかけている。相手は悪人だから、同じ人間ではないから、これは殺人でも“ほんとうの殺人”とは違うものだ…という魔法の道理を強化するために、杉元がその“道理のある殺し”を時には金塊とは関係ない場面でも望み欲している兆候は、エノノカ人質事件のような脳欠け後だけでなく旅の初期からも端々に見て取れました。ダンさんの時とか。
杉元は許される殺し、仕方のない殺しを必要とする…過去のものもそうだと思い続けるために。そうしないとならないほど、無意識下の罪悪感が深刻で、致命的だから。
杉元が殺さんとする悪人たちは、いわば杉元という不死身の男が自己救済するための生贄であり、彼らの命を食うことで杉元は命を、心を養っているわけだから、その行為は“狩り”と呼べるものに等しい。
特にその中でも他の誰にも譲らず「俺」が「この手」で「ぶっ殺してやる」と“エンゲージ”して、その為なら血を吸い出し背負って運び医者にも診せ「元気になって戻ってこい」と快方を願う尾形の存在というのは、杉元の中で今や最高のメインディッシュと化した“とっておきの獲物”なのだと最後の表情を見て思った。
尾形を助けることを「こいつのためじゃねえ」と言った杉元の発言を、アシリパのためという大義を叶えるための自分のため、だと以前は解釈したが、本当はアシリパを介さずに直で杉元自身のためだったんじゃないだろうか? アシリパの手を汚させない、というのも勿論あるけどあくまでそれはサブで、メインはむしろ「奴の血で汚れるのは自分の手でなければならない」という執着の方だったのでは?

杉元に殺されかけたのに、何とも思ってない様子で一時仲間になった、気の知れない男。殺すことで殺されずに生き延びてきた杉元には考えられない態度だったが、それは(きっと)尾形が殺すということを何とも思っていない悪人だからで、実際後には杉元もあっけなく殺されかけた。
碌に肉体的な痛みを感じている素振りも見せない。とうとう自分が死ぬという段になっても笑っていた。人の心が薄い、“ほんとうの悪人”。100話でアシリパにそんなのは誤魔化しだと言われ、杉元が目を逸らしていたその欺瞞を“叶える”男。
殺されかけ、大事なものを奪われ、裏切られた杉元には彼を殺す道理がある。尚且つ、尾形は悪人らしく誰からも恨まれ、疎まれ、死んだって誰も悲しまない許されざる者である。翻って、尾形へ抱く杉元の殺意は…少なくともこの世で尾形に向ける“それ”だけは、罪悪の入り込む余地のない、予め許された殺意である。…と、杉元に思わせるだけの罪に穢れた、二人といない人間が、尾形百之助という男である。
杉元にとっての善の象徴であるアシリパ自身が当の尾形を殺しかけ、それを杉元が防いだというあの一連の流れもまた、杉元の彼への殺意を“決意”という名の独占欲と同義のものにまで結晶させた一因であるのかもしれない。

もう、ここまではっきりした態度と行動で「俺のもんだ」と示されてしまうと、「わかったわかった尾形はお前のもんだよ」と納得してしまいそうになる。実際わりとお似合いだし?
でもなー現状杉元はアシリパにとっての幸次郎(概念)になろうとしてるじゃん? 尾形は杉元のものだとして、杉元は尾形の何かになれるのだろうか?
パパ度では抱えた過去から見ても鶴見の方がリードしている気がするし…。それとも父を求めること自体から卒業しなさいということ? まあそもそも幸次郎以外のパパを尾形は否定したからこそ孤高を貫いてるわけなんだけど(ファザコンから離れて?)
杉元が拾って尾形の今の命があるという事実は、確かにでかいしな。本人が全然感謝してないとしても。月島はそれによって残りの人生捧げちゃってる状態だし…。杉元に拾われた命は杉元のために使うことになるのか?
鶴見の所から「また会おうぜ」って逃げた尾形だけども、元気になって戻ってこいと念じる杉元に対しても同じような「また」という意思があるのかどうか。
まあとにかく、「再会」のサブタイトルで再会したのがこの二人だったし、尾形ってこの話のメインヒロインなのでは…?という疑念が頭から消えないんだ。いやサブヒロインだとは思ってたんだけど…どうもメインなんじゃないか?って…最後は二人揃って地獄行きの特等席でハネムーンするんじゃないだろうか? そうなったら最高にクールだな。

とりあえず、元気になれと婚約者から無事リリースされたことだし、尾形には健康状態を整えて早く服を着て欲しいところです。そして今後どうするのか…。
どれほど作中のあらゆる登場人物と接点を持ち、時には行動を共にしようと、最後にはいつも孤高に戻る尾形にゃん。杉元たちとの再会は果たしていつになることやら。
アシリパとも色々ありましたが、曲がりなりにも矢を構えて誤射でも自分を殺しかけたことで高潔レベルは勇作殿ほどではないと見切りをつけ、どっちかというと鯉登と同じ枠に入れたんじゃないかと今後の尾形のアシリパへの態度にちょっとだけ希望を持ってるんですが。
「お前には殺されかけたが俺は根に持つタイプじゃねえ」って感じの再会が出来たらいいのにな。そして信用されるために樺太旅のあいだ震えながら無理して食ってた脂身とか脳みそとかを、また正直に拒否るようなやりとりが出来たら、と思うけど…う~ん無理かな~!^^